大学発ベンチャーの成功要因の分析

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研究プロポーザル

研究代表者: 牧 兼充 (早稲田ビジネススクール准教授)

[目的・意義]

我が国における大学発ベンチャー育成は、科学技術イノベーション政策における柱の一つである。1998年の大学技術移転促進法(TLO法)、2001年の経済産業省による「大学発ベンチャー1000社計画」からスタートし、2015年末現在で、大学発ベンチャー企業が1,773社設立され、一定の成果を上げたと言える。しかしながら、大学発ベンチャー企業の我が国におけるイノベーション・システムへの貢献、特にその質に関する評価は十分には行われていない。Shane (2004)によると大学発ベンチャー企業は、他のベンチャー企業に比較してパフォーマンスの高い企業であり、本来であれば実用化できなかった技術を商業化する存在であるため、その重要性が指摘されている。
大学発ベンチャーの有効性をどのように評価していくかは、我が国に限らず、国際的に共通の課題である。大学発ベンチャーに関する書籍やレビュー論文は多数存在する(Rothaermel et al., 2007, Shane, 2004)。その評価が十分に行われていない背景には、適切なデータセットの欠如がある。大学発ベンチャー企業のデータセットは、(1) サンプルサイズが小さい、(2) 網羅的なデータがない(変数が少ない)、(3) 成功バイアス (現時点で生き残っている企業しかデータを集めることができない)、といった課題がある。従って、先行研究の多くはケーススタディ(定性研究)に依存しており、「客観的根拠(エビデンス)」としては不十分である。数少ない例外の一つは、Shane and Stuart (2002)による、マサチューセッツ工科大学発ベンチャー企業134社について、創業者のネットワークと成功の関係を分析したものである。
本プロジェクト は、大学発ベンチャー企業創出の成功要因及びそのメカニズムを検証するものである。前述の問題を解決するために、UC Office of Presidentとの連携により、UC発ベンチャー企業データセットを活用し定量分析を行う。このデータセットは、2000年以降の特許ベースの全ベンチャー企業541社が含まれており、研究代表者が知る限り、現存する世界最大の大学発ベンチャー企業データセットである。現在のところ本プロジェクトのメンバーのみがアクセスを認められている。
このデータセットを活用することで、大学発ベンチャーに関する様々な理論の検証が可能である。本プロジェクトは、今後の大学発ベンチャーの研究の拡充にとっての基盤となる研究プロジェクトである。本プロジェクトは、日本のみならず、世界から注目されるプロジェクトとして発展していく可能性が高い。

[計画・方法]

本プロジェクトの最終目的は、大学発ベンチャー企業の成功要因を分析することである。その目的を達成するために、以下の 問いについて、定量分析を行う (1: 発明者の関与の差、 2: 大学による株式の保有の差、 3: 創業者及び発明者男女差/人種差、 4: 学生と教員主導の差、 5: 地域のエコシステム、 6: SBIR (Small Business Innovation Research)補助金の有効性、 7: IT分野とバイオ分野の差)。
本プロジェクトでは、UCシステムから2000年から2013年に創出された特許ベースの全大学発ベンチャー企業を分析する。データの特性により、クロスセクション、パネル、プロビット、サバイバル等の分析手法を用いる。統計ソフトとしてはSTATAを用いる。
被説明変数としては、企業のエグジット(IPOもしくはM&A)、倒産もしくは企業の清算を用いる。その他メカニズムの検証のための中間変数として、SBIR補助金の取得、ベンチャーキャピタルの投資、製品の出荷等のマイルストーンを用いる(Clarysse and Moray, 2004, Ndonzuau et al., 2002, Vohora et al., 2004)。説明変数はRQごとにそれぞれ設定する。中間変数 (SBIR補助金、ベンチャーキャピタル、製品の出荷等)のベンチャー企業の成功への影響を分析するために、媒介テストを利用する (Baron and Kenny, 1986)。その他、本プロジェクトを進めていくに応じて、必要なデータ分析の手法を開拓していく。
コントロール変数として、産業セクターダミー(IT、バイオ、その他)、キャンパスダミー(UCシステムのキャンパスごと)、SBIR補助金取得の有無、ベンチャーキャピタル出資の有無、製品の出荷の有無、設立年のダミー変数、イベント発生時の企業の年齢等と用いる。企業の年齢は、Shane and Stuart (2002) を参考にし、二つの閾値を設定する。SBIR補助金、ベンチャーキャピタルの投資、製品の出荷については2年と3年、エグジットについては4年と7年とする。
本プロジェクトにおけるデータ分析の結果をベンチャー起業家等に実務担当者に開示し、インタビューを行う。特に仮説に当てはまらない結果が出た場合に、その結果をどのように解釈するべきかの議論を行う。UCのベンチャー企業へのヒアリングについては、UC San Diegoと共同で行う。
本プロジェクトは、政策研究大学院大学とUCで協力して推進する。UC デービス校教授のMartin Kenney氏とは研究の議論を進めており、連携体制にある。またUC Office of PresidentのRebecca Stanek-Rykoff氏とはデータセットのやりとりについて連携体制にある。研究を進めるためのデータセットは既に受領済みである。