RISTEX「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」研究プロポーザル

研究開発プロジェクトの概要

研究開発プロジェクトの概要

プロジェクト名:「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」(Star Scientists and Innovation in Japan)

研究代表者:牧 兼充(早稲田大学大学院 経営管理研究科)

研究開発実施期間:平成29年10月1日 から 平成32年9月30日まで (36ヵ月間)

研究実施機関:早稲田大学・政策研究大学院大学

キーワード:スター・サイエンティスト、大学発ベンチャー、産学連携、オープン・イノベーション

 

1.研究開発構想

1-1.提案あるいは改善しようとする政策およびその課題は何か

日本の科学技術イノベーションを促進するためには、介護および福祉に係る予算枠が増大する背景の下、効果的な研究費の配分が今後更に重要となる。しかしながら、科学技術分野ごとにどのような研究者が、どの程度存在するのか、そうした研究者にどの程度配分すると良いのか、研究成果のみならずエグジット(産業化可能性)を見据えた研究費の最適な配分に関する、科学的エビデンスは依然限られている。本プロジェクトでは、「スター・サイエンティスト」という観点から、研究費の配分に関する科学的エビデンスの提供を目指す。

「サイエンスの経済学」分野の研究では、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のLynne Zucker教授及びMichael Darby教授により「スター・サイエンティスト(Star Scientist)」の存在が指摘されている。スター・サイエンティストとは、卓越した研究業績を残す少数のサイエンティストのことを指し、通常の研究者に比べて、多くの論文を出版し、多くの被引用を集め、特許を数多く出願および公開する。これらの結果として、学会の賞を受賞、もしくは権威のある学会の要職を兼務していることもスターの証左になるであろう。また通常のサイエンティストと比して優秀な博士課程の学生やポスドクを育成する等の、教育面での貢献も考えうる。更に、スター・サイエンティストは、通常の研究者と比べ、ベンチャー企業を設立する傾向にあり、またスター・サイエンティストの関わるベンチャー企業は他のベンチャー企業に比較して、比較的高い業績を生み出している。こうしたスター・サイエンティストと企業の連携は、米国のみならず、1980年代の日本においても、バイオテクノロジー分野で観察されている。このように、スター・サイエンティストは研究の学術的インパクトをもたらすのみならず、その経済・社会的インパクトの相乗効果およびメカニズムを探る上でも重要である。

こうしたスター・サイエンティスト研究のパイオニアは前述のLynne Zucker教授とMichael Darby教授である。彼女らは論文データや特許データ、および地域の企業のデータなどを結合し、大規模なデータベースを作り、スター・サイエンティストの特性や産業界へのインパクトを様々な観点から定量的に明らかにしてきた。

一つ目はスター・サイエンティストがもたらす地理的効果である(Zucker et al., 1998)。1976年から1989年におけるバイオテクノロジー分野を対象に、遺伝子配列に関する発見をした327人の研究者をスター・サイエンティストとして定義したうえで、彼らとバイオテクノロジーのベンチャー企業の関係についていくつかの観点から分析している。この研究では、スター・サイエンティストとベンチャー企業の地理的分布を分析し、スター・サイエンティストの所在地にベンチャー企業が集積していることを明らかにした。これによりスター・サイエンティストの分布とベンチャー企業の集積には何かしらの相関があることが示唆された。

二点目はベンチャー企業のパフォーマンスにスター・サイエンティストが与える効果である(Zucker et al., 2002)。この研究では、ベンチャー企業のパフォーマンス指標として、(1)特許数とその内容、(2)開発中のプロダクト、(3)上市した(製品化された)プロダクトを取り上げた上で、それらと①スター・サイエンティスト、② 全米のトップ研究大学 (なお、スター・サイエンティストの所属有無は問わないものとする)、③ベンチャー・キャピタルとのつながりを概観した。定量的な解析の結果、スター・サイエンティストと共著論文が多いベンチャー企業はパフォーマンスが高くなることを示した。一方、トップ研究大学との共同研究やベンチャー・キャピタルからの投資は比較的軽微な効果に留まることも示している。

上記で示唆されたのは、スター・サイエンティストのベンチャー企業への関与が、ベンチャー企業のパフォーマンスの向上に影響すると考えられる点である。それでは、スター・サイエンティストのベンチャー企業への関与は、スター・サイエンティストの研究業績にどのように影響するのだろうか。Zucker & Darby (2007)はこの点についても検証している。

その結果、スター・サイエンティストがベンチャー企業に関わることは、研究者の業績を上げることが、定量的な解析の結果明らかになった。この論文では、ベンチャー企業と関わりを持つバイオテクノロジー分野のスター・サイエンティストの業績の変化を分析している。なおここでの「関わり」とは、(1) ベンチャー企業との共著論文がある, あるいは(2) ベンチャー企業にて役職を有し在籍することを意味する。米国にて、バイオテクノロジー分野のスター・サイエンティストは207名存在し、そのうち69名が何らかの形で企業との関係を有する。また57名は企業との共著論文を執筆し、12名は企業においてサイエンティフィック・アドバイザー(科学顧問) もしくはファウンダー(創業者)としてのポジションを有している。また、彼らの論文あたりの被引用数を算出したところ、企業との関わりが全くないスター・サイエンティストは論文数で平均1.67、被引用数で平均13.15であるのに対して、ベンチャー企業と何らかの関わりをもつスター・サイエンティストは論文数で平均2.53、被引用数で平均22.52であり、明確な差があることが明らかとなった。

さらに、ベンチャー企業と何らかの関わりをもつスター・サイエンティストのなかで、企業との共著論文のみ執筆する研究者と、それのみならずベンチャー企業において何らかのポジションを有する研究者を比較すると、公刊論文数の平均はそれぞれ2.54と2.53と大差ないが、被引用数では前者が20.74であるのに対し後者が31.39と、圧倒的に多い。

このようにベンチャー企業と関わるスター・サイエンティストは論文数(量)および被引用数(質)ともに大きいことはもちろん、特にベンチャー企業において何らかの役職を保持し、より直接的に関わるサイエンティストのほうが研究業績の質が高いことが示唆される。さらには、時系列データによる分析を行い、スター・サイエンティストがベンチャー企業と関わって以降、研究業績が向上していることも示されている。

これらのことから、Zucker & Darby (2007)は、スター・サイエンティストと企業が何らかの形で関わると、それぞれ研究業績および企業業績が上がるという“Virtuous Circles in Science and Commerce”(「サイエンスとビジネスの好循環」)の関係を示唆した(上記図)。スター・サイエンティストと企業が連携することにより、企業はより高い業績を得る。これにより、企業活動の促進化は新たな産業の発展につながる。一方で、企業と関わるスター・サイエンティストは、より多くの論文を生産し、かつより質の高い論文を生み出すようになり、科学的ブレークスルーを生み出す可能性が高まる。

これまでに紹介した結果は1970年代から1980年代の米国、かつバイオテクノロジー分野を対象としている。では、こうしたサイエンスと商業化における好循環は果たして、普遍的に成立し得る事象といえるだろうか?

Zucker & Darby(2007)では、1970年代から1980年代のバイオテクノロジー分野を対象に、国際比較も行った。その結果によると、国別のスター・サイエンティストの分布から、米国が50.2%で1位であるのに続き、日本が12.6%を占めている。さらに企業とのつながりがあるスター・サイエンティストの割合をみると、米国が33.3%であるのに対し、日本は42.3%である。

ただし、スター・サイエンティストの企業とのつながりに着目した場合、1980年代の産学連携先には日米で大きな違いがある(Zucker & Darby, 2001)。スター・サイエンティストが連携する企業として、米国ではその多くが主にベンチャー企業であったのに対して、日本では大企業であった。

このように、Lynne Zucker教授やMichael Darby教授を中心に進められてきたスター・サイエンティスト研究は、定性的に解析されてきたイノベーション・クラスターのモデルの在り方を定量的に指し示したことで重要な学術的貢献を果たし、今日では新たな広がりを見せ始めている。しかしながら、日本を対象にしたスター・サイエンティスト研究についていえば、依然黎明期にある。両教授による研究対象には日本も含まれているが、データ上の制約および興味関心から1970年代から1980年代を扱っており、また日本のナショナル・イノベーション・システムの歴史上の転換点として重要な役割を果たしたと考えうる1995年の科学技術基本法以降の現象を検証・考察していない。

今日の日本には、それぞれの科学分野に、どの程度、スター・サイエンティストが存在するのか?また、スター・サイエンティストの存在や研究成果は、ベンチャー起業をはじめとする新事業創造にどの程度結びついているのであろうか?

本プロジェクトでは、日本のスター・サイエンティストを解析可能とするデータベースを、時系列的な変化を追うことが可能なパネルデータとして構築する。これにより、日本のナショナル・イノベーション・システムにおいてスター・サイエンティストが果たしてきた役割を評価することを可能とする。これらのデータセットに基づき、スター・サイエンティストが、いかにイノベーションに最大限寄与するシステムを創出できるかといった観点から、政策的インプリケーションを探る。またファンディング・エージェンシー、企業、財団、ベンチャー・キャピタルとの連携により、スター・サイエンティストのデータセットおよび研究成果を共有することで、日本における「サイエンスとビジネスの好循環」を構築することに資する。

1-2.プロジェクトの達成目標

[アウトプット]

・ スター・サイエンティストのリストを構築

・ スター・サイエンティスト研究として利用可能なデータセットの構築

[アウトカム]

・スター・サイエンティストのリストをファンディング・エージェンシーの担当者に提供する。

・スター・サイエンティストが育っている研究資金制度(グラント)に関する情報を、ファンディング・エージェンシーの担当者に提供する。

・スター・サイエンティストが生まれるための研究資金制度(グラント)の特性について、ファンディング・エージェンシーの担当者に提供し、理解いただく。

 

1-3.創出しようとする成果は、将来的に「誰に/何を」与えることをねらうのか

  • 研究代表者は、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 大学技術移転推進室、経済産業省 産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課 大学連携推進室、経済産業省 経済産業政策局 新規産業室の行政官と日常的に大学からの産業育成に関する議論および情報提供を行っている。また、研究メンバーも文部科学省をはじめとする科学技術イノベーションに係る省庁およびファンディング・エージェンシーと恒常的に意見交換を行っている。こうしたネットワークを活用し、研究会ないし説明会等の場を設け、本プロジェクトの成果に基づいた議論を行う。
  • 本プロジェクトにおけるスター・サイエンティストのデータセットの分析結果を、
    1. ファンディング・エージェンシー (日本学術振興会(JSPS)、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等)に提供することにより、研究費の重点配分にあたってのエビデンスを提供する。
    2. 企業に提供することで、より効率の良い共同研究先のマッチングを促す。
    3. 財団に提供することで、研究費の重点配分にあたってのエビデンスを提供する。
    4. ベンチャー・キャピタルに提供することで、さらなる科学技術への投資を促す。
  • 科学技術研究とビジネス化の具体的なリンクを示すことで、納税者および政府機関に対する科学技術研究費の有効性に関するエビデンスを提供する。

 

1-4.SciREX「重点課題2016」との関係性

本プロジェクトが『政策のための科学』事業、特に「重点課題2016」にあげられた課題に貢献し得る要諦として、以下の点が挙げられる。すなわち、「スター・サイエンティスト」というフレームワークを用い、日本のナショナル・イノベーション・システムの改革について、その政策影響評価分析を行うものである(重点課題A-1)。またスター・サイエンティストの多くは大学の研究者である故に、大学というパブリックセクターがナショナル・イノベーション・システムにどのように影響するかということを検証することに繋がる(重点課題A-3)。また、スター・サイエンティストの存在は地域のエコシステムへの影響が大きく、地方創生と直接関連する(重点課題B-3)し、スター・サイエンティストの事業化への関与は、オープン・イノベーション政策と産学連携の新たな形である (重点課題B-4)。

 

1-5.「科学技術イノベーション政策のための科学」としてのリサーチクエスション

本プロジェクトの最終目的は、スター・サイエンティストとその産業へのインパクトを分析し、それら成果を広く公表・実装することで、日本におけるサイエンスとビジネスの好循環を構築することにある。その目的を達成するために、以下のリサーチ・クエスチョン(RQ)について、定量的分析を行う。

  • 日本におけるスター・サイエンティストの同定手法の開発
  • 日本におけるスター・サイエンティストの現状分析
  • 日本のナショナル・イノベーション・システム改革におけるスター・サイエンティストへの影響
  • スター・サイエンティスト誕生要因の分析と次世代育成手法の検証

これらのRQは、現在関連するデータセットの不足・欠如等の理由により、現在学術的な先行研究が不足している領域にも深く関連している。また、サイエンティストによる論文生産の効率性や特許生産の割合、競争的資金の獲得度合いについては個別のデータセットに立脚した分析は行われつつある段階にあるが、相互に突合させたパネルデータによる解析は未だ発展途上にある。また科学の生産の要諦を占めるのは大学・研究機関に所属するサイエンティストにも関わらず、彼らに係る精緻な統計的解析に立脚するデータが、科学技術イノベーション政策の立案および検証の過程で十二分に活用されているとは言い難い。そのため、こうしたRQに取り組むことは、「科学技術イノベーション政策のための科学」の進化に直接的に寄与する。それと同時に、研究代表者が日常的に交流する科学技術政策、産学連携、大学発ベンチャーに関する政策担当者や大学におけるベンチャー企業支援担当者が具体的に抱えている課題に基づいている。研究代表者をはじめとする研究チームが本プロジェクトの成果を現場の担当者にフィードバックすることで、「客観的根拠に基づく政策形成プロセスの深化」への貢献となりうる。

このように本プロジェクトは、「スター・サイエンティスト」に着目することにより、1) 我が国のナショナル・イノベーション・システムの再評価及び新たなモデルの提案を行い:「科学技術イノベーション政策のための科学の深化」、2) 我が国の戦略的研究領域への研究費の重点配分へのエビデンスの提供:「客観的根拠に基づく政策形成プロセスの進化」を目指す。

 

1-6.想定される研究成果の意義と限界

本プロジェクトは、スター・サイエンティストに関するデータセットを新たに構築し、スター・サイエンティストの研究開発パフォーマンスを明らかにすること、ベンチャー企業への関与及びそのメカニズムを検証する。これにより、これまで政策形成の課題となっていたサイエンティストに係る課題の意思決定をするための「客観的根拠(エビデンス)」を学術的かつ政策立案プロセスに対して提供することがはじめて可能となる。

本プロジェクトでは、科学者に係る特許、論文およびファンディングデータ、およびベンチャー企業の活動に係るデータセットを包括的に収集・突合する。それ故、遡及的なデータの活用であり、あくまでオブザベーショナル・スタディの範疇であり、因果関係の検証の厳密性、すなわち内的妥当性の課題は未だ残る。しかしながら、こうした網羅的なデータセットの構築および整備は、日本のスター・サイエンティストの現状の評価及びメカニズムの探索、更には係る科学技術イノベーション政策の形成において直接的に大きな意義がある。

本プロジェクトの期間中までに研究会などを構築し、研究成果の普及に務める。「サイエンスとビジネスの好循環」の構築のためには、多数のアクターのコミットメントが重要である。特に研究代表者は過去に大学発ベンチャーのエコシステムを立ち上げた経験があり、こういったコミュニティの構築のための準備および人的ネットワークを有している。

 

1-7.研究開発およびその成果の新規性・独創性、その他の特記事項

科学技術研究費の有効性をどのように評価していくかは、我が国に限らず、国際的に共通する課題である。しかしながら、その評価が十分に行われていない背景には、分析手法の欠如ないし関連するデータセットの欠如などが示唆できる。

本プロジェクトでは、日本発のスター・サイエンティストに着目することで、その研究成果の定量的評価を行うとともに、商業化へのパスを探ること、そうしたエコシステムを支える政策的な制度設計を明らかにすることを主眼とする。特許、論文、ファンディングおよび製品に係るデータベースを相互に接続することで、スター・サイエンティストと大学発ベンチャー企業の科学技術およびイノベーション創出活動の時系列的な変化をパネルデータで検証可能にする点で独創的な研究といえる。

本プロジェクトは、日本における科学技術イノベーションおよび関連する政策評価をスター・サイエンティストという切り口から初めて行うものであり、新規性がある。また日本は米国に次ぎ、科学技術に係る成果を生み出す国として、歴史的にも注目されている。前述したとおり既存のスター・サイエンティスト研究は米国の現象分析に偏っており、今回大規模なデータベースを構築して、米国との比較およびグローバルな調査分析を行うことが可能な体制を構築することは、国際的にも意義が高く、よって学術的にも高い評価が期待される。本プロジェクトは、日本のみならず、世界から注目されるプロジェクトとして発展していく可能性が高い。

本プロジェクトは、豊富なデータセットを活用した「客観的根拠(エビデンス)」に基づき、サイエンティストに着目した上で科学技術イノベーション政策を評価する。特に(1)日本のイノベーション・システム改革の再評価に繋げること、(2)今後の日本発のイノベーション創出においてスター・サイエンティストがいかなる役割を果たしうるか明らかにすること、(3)その効果を最大化させるための政策的なインプリケーションは何か、などの論点について重点を置き研究開発を進める。

本プロジェクトは下記の点において重要性及び独自性を有する。

  • スター・サイエンティストに関する先行研究は多数存在する。しかしながら、この分野の研究は大規模なデータセットを構築することの困難性、不十分なデータ、成功バイアスなどにより、米国以外の国での分析はあまり進んでいない。本プロジェクトにおいては、日本のスター・サイエンティストに関する網羅的なデータベースを構築することにより上記の課題を解決する。このデータセットは、研究代表者が知る限り、現存する世界最大の米国以外のスター・サイエンティストに関わるデータセットである。
  • 本プロジェクトは、国際的優位性を持つ「客観的根拠(エビデンス)」に基づいた、「スター・サイエンティスト」のインパクトを測定するものであり、国際的に高い注目が期待される。
  • 本プロジェクトは、日本のナショナル・イノベーション・システムの再評価を通じて、政策的含意を新たに提供する。
  • 本プロジェクトで構築するデータセットを活用することで、今後日本のスター・サイエンティストに関する様々な理論の検証が可能である。
  • 本プロジェクトは、国際共同研究プロジェクトであり、日本のみならず、世界から注目されるプロジェクトとして発展していく可能性が高い。この研究グループが国際的な優位性を持った研究コミュニティとして発展していくことが見込まれる。特にカリフォルニア大学ロサンゼルス校と連携した研究の深化、カリフォルニア大学サンディエゴ校と連携したスター・サイエンティストのエコシステムの展開、スタンフォード大学アジア太平洋研究所と連携したスター・サイエンティスト研究のアジア展開が見込まれる。また、研究メンバーのうち1名は来年度パリ社会科学高等研究院でスター・サイエンティストに係る研究活動を行う予定であり、ヨーロッパにおける係る制度設計との比較なども可能となる。
  • 本プロジェクトにおけるスター・サイエンティストのデータセットの分析結果を、日本の主要なファンディング・エージェンシーに提供する。これにより、研究費の配分にあたってのエビデンスとして用いることができ、研究費の重点的・効率的な配分を支援することができる。
  • 本プロジェクトは、ビジネススクールである早稲田ビジネススクールとポリシースクールである政策研究大学院大学が連携したものであり、本プロジェクトの成果としては、政策提言のみならず、持続可能なビジネスの基盤を相補的に構築することを目指す。
  • 本プロジェクトの推進は、スター・サイエンティストを活用したビジネス人材を育成することに資する。

 

2.研究開発の具体的な内容と計画

2-1.研究開発の実施項目・具体的方法

  1. データセットの構築

スター・サイエンティストは、論文数、被引用数、ひいては特許出願など、様々な点で優れている研究者のことを指し、単純に論文や特許数の多寡のみで定めることは出来ない。また、スター・サイエンティストは必ずしも一意に定義されているわけではない。前述したようにスター・サイエンティストを検出するための評価軸は大別して (1.) 経済的な影響度, (2.) 研究的なインパクト, (3.) 社会的なインパクトに分けられ、どの基準で評価するかによってスター・サイエンティストの意味は異なる点に注意しなくてはならない。Lynne Zucker教授およびMichael Darby教授の場合、論文データベースや特許データベース、および地域の企業のデータセットなどを結合し、企業名ないしは研究者名で突合することで、スター・サイエンティストの特性や産業界へのインパクトを様々な観点から明らかにしてきた。

このようにスター・サイエンティストを検証するためのデータセットは、研究者について様々な観点から評価しうる、可能な限り完備的な情報を収集する必要がある。本プロジェクトでは、以下の既存のデータセットを組み合わせることにより、スター・サイエンティスト研究に活用する。

  • 論文データベース
    • Scopus (学術論文のデータベース、英語論文誌が中心; 研究者および組織名にID が付与されていることにより, データの整合性に一日の長を持つ)
    • Web of Science (学術論文のデータベース、英語論文誌が中心; 1900年度データから提供しており、歴史的分析を行う上では必要不可欠である。既存研究でも広く活用)
    • J-global (科学技術振興機構が提供する学術論文・特許データベース; 日本の学術誌を極めて広くカバーしている)
  • 特許データベース
    • PATSTAT (欧州特許庁 (EPO) が提供する特許データベース; ヨーロッパおよびアメリカ、日本と主要三地域の特許データベースを広くカバーしている)
    • PatentsView (米国特許庁 (USPTO) が提供する特許データベース; 発明者および組織名について正規化が行われている)
    • J-global (科学技術振興機構が提供する特許データベース; 発明者および組織名について正規化が行われている)
    • IIP パテントデータベース (知的財産研究所が提供する特許データベース; 日本の特許データについてカバー)
  • ファンド情報データベース
  • SPIAS (日本のファンド、特許、論文およびプレスリリース情報を総合的に接合したデータプラットフォーム; SciREX センター, NISTEP および JST 研究開発戦略センターが開発)
  • 科研費DB (NII および科学技術振興機構が提供する, 科学技術研究費 (科研費) の細目情報およびその成果論文および特許情報を接合したデータベース)
  • Nanobank (ナノテクノロジーの特化した学術、論文、特許、研究費情報のデータベース、組織名の名寄せ済み。)
  • COMETS (全分野の特許、研究費情報のデータベース。組織名の名寄せ済み。)

(4.) ベンチャー企業情報データベース

  • Entrepredia (ベンチャー企業のデータベース、日本企業の情報が中心)
  • Crunchbase (ベンチャー企業のデータベース、米国企業の情報が中心)

本プロジェクトではこれらのデータベースを結合し、科学者の個人名及び所属組織名の名寄せを行い、スター・サイエンティストの分析を行うための基盤となるデータベースとする。

データセットの構築にあたっては、類似のデータセットを米国で構築してきたLynne Zucker教授及びMichael Darby教授のアドバイスを受け、米国のスター・サイエンティスト研究に用いられているCOMETS及びNanobankのデータベース構造を参考にする。また、近年では従来学術研究で用いられてきたSQL 型データベースではなく、Neo4jを代表とするNoSQL 型グラフ型データベースもビッグデータ解析で活用されつつある。グラフ型データベースを活用することで、知識の流れおよびファンドが如何にして研究成果に結びついたかを、高速かつ直感的に解析することが出来る。また、研究者名のクリーニング等においてはMecabなどの自然言語処理関連技術を活用する。こうした、既存研究が労働集約的に行ってきた作業についてビッグデータ解析技術を学術研究で先駆的に活用することで、研究の迅速化を図る。

  1. インタビューによるRQの再検証 / 仮説の導出

本プロジェクトでは、開始段階では暫定的に、Clarivate Analytics (旧 Thomson Reuter) 社が公開している高被引用の論文をもつ研究者のリスト、Highly Cited Researchers(HCR)をスター・サイエンティストのリストとして用いる。これは世界中の自然科学および社会科学分野をリードする研究者のリストであり、高被引用論文(Highly Cited Papers)を発表した研究者を対象に、さらに一定数以上の高被引用論文を持つ約3,000名を選出したものである。いわば、高被引用の研究者のなかでもさらに引用数が多い、トップグループを形成するサイエンティストたちである。このリストは現在、2014から2016年版まで公表されている。ここでの高被引用文献とは、同社が提供するEssential Science Indicators (ESI)に従った、21分野における過去11年間の被引用回数による上位論文であり、分野別および年別で上位1%に入っているものを指す。ソースとなる論文は Clarivate Analyticsが提供するWeb of Science(WoS)に掲載されている学会誌に依拠している。各年のHCRの分析対象は、たとえば2016版のHCRのリストは、2004年から2014年までにWoSに収録された論文を対象としており、2015年版であれば2003年から2013年までにWoSに収録された論文、2014年版であれば2002年から2012年までにWoSに収録された論文を対象とする。ここでは2014から2016年までの、まさに直近の高被引用研究者に焦点をあてる。

このリストに基づくと、日本におけるスター・サイエンティストは、現在140人程度である。2014-2016年において常に3人以上のスター・サイエンティストを輩出しているのは5機関(東京大学、大阪大学、理化学研究所、京都大学、名古屋大学)のみであった。一方で、スター・サイエンティストは特定の大学に集積しているものの、地方国立大学を含めて、多数の組織に分散する傾向が見られる(下記図表)。この点は、スター・サイエンティストが地方創生にとって重要であることを示唆している。

先に提示したRQ は主に先行研究の調査に基づいている。RQ及びそこから導き出される仮説の妥当性について、上記のスター・サイエンティストの暫定リストを用いて、インタビューを行い、ブラッシュアップを行う。

インタビューにおいては以下の項目についてのヒアリングを行い、仮説の見直しを行う。

  • 研究者の所属・バックグラウンド
  • 研究者の研究費の獲得状況
  • 研究者のビジネス経験の有無
  • 研究者の論文、特許の申請状況
  • 産学連携の有無、現状
  • ベンチャー創業の有無、現状
  • 博士課程・ポスドクの育成状況
  1. データ分析

本プロジェクトでは、構築したスター・サイエンティストを分析するためのデータセットを用いて、以下の4つの課題を検証する。本プロジェクトのフォーカスは日本のスター・サイエンティストであるが、必要に応じて、日本の制度の特殊性を理解するために日米比較を行う。その際のケースとして、カリフォルニア大学10キャンパスのスター・サイエンティストとの比較を行う。

A) 日本におけるスター・サイエンティストの同定手法の開発

前述の通り、スター・サインティストの定義は多義的である。Clarivate Analytics (旧 Thomson Reuter) 社が公開しているHighly Cited Researchers(HCR)は、以下の点から日本のスター・サイエンティストの同定には課題が残る。

  • HCRは2014年から2016年までのみが公開されているため、時系列変化の分析には不十分。
  • 21の分野に分けた分野別の分析では、学際領域におけるスター・サイエンティストが含まれていない可能性も高い。学際領域は今後の発展が見込まれる領域でもある。
  • 研究論文による業績以外にも、特許の活動の活発度に応じた定義、他の研究者へのヘルプフルネス(論文の謝辞にどの程度名前が載っているか)、その分野による顕著な発見をしているかなど、他の指標との比較が重要である。
  • 分野によっては、海外ではなく、日本の学会が活動の中心となる場合がある。そのケースの場合は、日本語の論文によって、スター・サイエンティストを検出する必要がある (例えば、情報処理系など)。

以上の課題を克服するために、独自に構築したデータセットを用いて、スター・サイエンティストのリストの再整備を行う。必要に応じて、論文のテキストマイニングなどの手法を活用した同定手法も検討する。

B) 日本におけるスター・サイエンティストの現状分析

HCRを用いて、各年のスター・サイエンティストの所属機関の所在地(国単位)ごとの、スター・サイエンティストの人数推移を検討すると、米国が圧倒的にスター・サイエンティストを輩出しており、他国を引き離している。続くのは英国であるが、米国は桁違いに多い。上位4カ国である米国、イギリス、ドイツ、中国は2014-2016年の間、順位は変わっていない一方で、日本はスター・サイエンティストの人数そして順位ともに低下傾向にある(下記、図表)。

HCRは3年分のデータしか含まれていない。従って、新たに構築したデータセットを用いて、この20年程度の日本のスター・サイエンティストの時系列の分析を行う。特に分野別に成長分野及び衰退分野の現状を把握する。またスター・サイエンティストが、産学連携、ベンチャー創出などに具体的にどのように携わっているかを分析する。分野特性を考慮し、どのような分野がより、スター・サイエンティストがベンチャー企業を多く生み出し、また成功確率をあげているかを分析する。

C) 日本のイノベーション・システム改革におけるスター・サイエンティストへの影響

スター・サイエンティストの分布に関する国際比較は、日本の産学連携に新たな視座を提供する。日本における政策策定の現場においては、日本の産学連携は米国に比して遅れていると判断される傾向にあったが、少なくともバイオテクノロジー分野、かつ1970から1980年代に限っては、必ずしもそうとはいえないことが示唆される。

1990年代半ばより、日本のナショナル・イノベーション・システムを巡るパラダイム変換があった。すなわち、1995年に科学技術基本法が制定され、そのなかで、米国に比べて遅れているとされていた産学連携を強化する方針も確認された。1998年には、大学技術移転促進法(大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律:以下、TLO法)が成立し、大学が特許を保有し、ライセンスするという制度が始まった。さらには2001年からは大学発ベンチャー育成計画(平沼プラン)が始まり、これを機に急速に大学発ベンチャー設立の件数が増えた。

日本のイノベーション政策は、日本が欧米の後塵を拝していることを前提条件として、それにキャッチアップすることを是として、欧米と同様の制度を導入しようとした背景がある。しかしながら、実際は日本の産学連携が必ずしも遅れていたわけではなく、日本独特の制度や慣習のもとで、発展していた点には留意しなければならない。

我が国の科学技術政策にとっての大転換期であった科学技術基本法が成立した1995年以降に、「サイエンスとビジネスの好循環」がどのように変化しているかどうか、検証を行う。

D) スター・サイエンティスト誕生要因の分析と次世代育成手法の検証

スター・サイエンティストの誕生要因には、大学の制度を含めたその国固有の特殊性が大きく影響していると考えられる。ここでは、日本のスター・サイエンティストを対象に、その誕生要因の分析を行う。出身大学、どのような研究費を獲得してきたか、海外留学の有無、スター・サイエンティストのもとで育ったか、大学の異動回数などの特性の分析を行う。分析にあたっては、スター・サイエンティストと比較するためのマッチンググループを用意する。

スター・サイエンティストを育てるための教育手法を明らかにすることは恐らく困難であるが、どのような特性の研究ファンディングが、スター・サイエンティストの育成に有効であるかは、ある程度検証が可能である。先行研究によれば、大型研究費の中で、中間評価を行わない研究費は行う研究費に比較しても、よりクリエイティビティの高い成果が出る確率が高いという。本プロジェクトでは、例えば、科学技術振興機構(JST)によるERATO/CREST/さきがけを含めた多数の研究費が、スター・サイエンティストの育成にどのように影響しているかを解析する。

近年米国では、「イノベーション・トーナメント」と呼ばれる、大企業が自社の研究課題を外部に公開し、コンテスト形式で賞金をつけるという仕組みが広まりつつある。更に米国では、National Institutes of Health (NIH)を中心に、今後の研究コミュニティの方向性を誘導するために、NIHが研究グラントの課題設定を行う。民間でもXPRIZEなどの財団が、今後必要となる研究テーマを設定し、公募を行う。先行研究によれば、このコンテストの課題の設定によって、サイエンティストの知的好奇心を刺激するものとそうではないものがあることが明らかになっている。本プロジェクトでは、将来のスター・サイエンティストの育成を前提として、優秀な人材が集まり成長するような課題設定とは何かについて検証する。

  1. 研究会の開催

研究成果の普及及び「サイエンスとビジネスの好循環」を促進するためのコミュニティの形成を目的とした研究会を月に1回程度行う。本プロジェクトは、ビジネススクールとポリシースクールが連携して推進するものであり、両者の強みを活かしながら、大学・公的研究機関に所属する研究者のみならず、ビジネス担当者、政策担当者の両方が参加するコミュニティ作りを目指す。毎回の研究会では、スター・サイエンティスト自身も招聘し、コミュニティ化を促進する。スター・サイエンティストを活用した新事業創造手法に関する知見を提供・議論することにより、具体的なビジネスが生まれる場となることを目指す。この研究会の発展形としては、スター・サイエンティストに特化した事業創出のためのアクセラレーターの立ち上げなどが考えられる。

研究会においては、以下のような業種のメンバーを募る予定である。

  • 科学技術政策、新事業育成、大学に関する政策担当者
  • 大学発ベンチャーを担当する大学関係者
  • 大学と連携する製薬企業
  • テクノロジーを活用したビジネスを展開する製造業
  • ベンチャー・キャピタル
  • 研究助成を行う財団
  1. インタビューによる結果の解釈

本プロジェクトにおけるデータ分析の結果を再度スター・サイエンティストに提供し、議論の場を持つ。それに加えて、政策担当者、実務家へのヒアリングを行う。特に仮説に当てはまらない結果が出た場合に、その結果をどのように解釈するべきかの議論を行う。インタビューにおいては、得られた定量分析の結果に基づいた議論を中心とする。

  1. 研究成果のとりまとめ

本プロジェクトにおける研究成果のとりまとめとして、海外のトップジャーナルへの投稿と、書籍の出版を目指す。その他、インタビュー対象としたベンチャー企業のいくつかは、教材用のケーススタディにまとめる。その他、本プロジェクトにおける研究成果の還元のために、積極的に政策担当者及び大学発ベンチャー育成担当者を対象とした講演会などを開催する。また、係る施策を担う政策担当者に対し、SciREX センターとの連携のもと直接議論できる場を設定し、研究の中途の段階から積極的に研究成果の政策立案プロセスへの反映および共振化を図る。

 

2-2.研究開発の主なスケジュール

2-3.研究開発を実施する上での人権の保護および法令遵守への対応

本研究は、「スター・サイエンティスト」の過去の実績及び行動に関する情報を集め分析するものである。公開情報に基づいて分析するため、「相手方の同意」は必ずしも必要としないが、「個人情報の取り扱い」への配慮は必要である。研究実施にあたっては、早稲田大学における「人を対象とする研究に関する倫理委員会」に必要な判断を仰ぐ。

 

3.研究開発の実施体制

3-1.研究開発実施体制(図)

3-2.研究開発プロジェクトの構成

(1)研究代表者及びその率いるグループ(牧 兼充)

a)研究開発実施項目
  1. データセットの整備
  2. インタビューによるRQの再検証/仮説の導出
  3. データ分析
  4. インタビューによる結果の解釈
  5. 研究成果のとりまとめ
  6. 研究成果の公開・成果の還元
b)  研究開発実施者
氏名 所属 役職等 エフォート 実施項目
研究代表

牧 兼充

早稲田大学大学院経営管理研究科 准教授 20% 統括 / データセットの整備 / インタビューによるRQの再検証/仮説の導出 / インタビューによる結果の解釈 / 研究成果のとりまとめ / 研究成果の公開・成果の還元
研究副代表隅藏 康一 政策研究大学院大学 教授 20% インタビューによるRQの再検証/仮説の導出 / インタビューによる結果の解釈 / 研究成果のとりまとめ
齋藤 裕美 千葉大学 教授 10% データセットの分析
原 泰史 政策研究大学院大学 専門職 10% データセットの整備及び分析
アルバイトA 早稲田大学大学院経営管理研究科 リサーチ・アシスタント 40% インタビューのサポート / 研究成果のとりまとめ / 研究成果の公開・成果の還元
アルバイト B 政策研究大学院大学 リサーチ・アシスタント 40% データセットの整備及び分析
アルバイトC 政策研究大学院大学 リサーチ・アシスタント 20% データセットの整備及び分析
c)研究開発への協力者
氏名 所属 役職 協力内容
Lynne Zucker カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授 研究全般に関する助言、協力
Michael Darby カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授 研究全般に関する助言、協力

4.その他特記事項